1、現状の中学英語教育(現在の中学の英語教育は公立と私立で2分化しています)

 中学の英語授業は、基本的には「授業指導要領」という文部科学省が作成したマニュアルにそって行われます。そして、その内容をクリアすれば「単位」が発生します。因みに法律上は、「単位」という文言を使用していますが、一般には「成績」という名称で認識されています。さて、では現在の中学生向けの「英語指導要領」には、どんなことが書かれているかご存じですか。問題形式で行きましょう。

 

 問題1、中学生の時期に自動詞、他動詞の違いを理解すべきである。

 

どうですか、イエスですか、ノーですか。では、次の問題に行きます。

 

 問題2、5文型の識別は、中学生には必要である。

 

これは、どうでしょう。20年前の英語教育では、当たり前の内容です。そして、英語が解る人からすれば、習得して当然の知識です。
 

 

 答え合わせをしましょう。答えは、両方とも「ノー」です。現在の「中学英語指導要領」には、自動詞、他動詞、5文型の文字が削除されています。つまり、英語の習得には、必要ないと考えているということです。では、現在の教育行政の理想の英語教育のグランドデザインは、どういうものなのでしょうか。因みに、昔は、語順が異なる言語である日本語を日頃使用している日本人が、英語を勉強する際は、まず第一にその語順の違い(=文法)をしっかりと理解する必要があると考えられていました。

 

 ところが、「日本の英語教育を受けても英語を話せるようにはならない」との非難を経済界をはじめとする多方面からの批判を受けて、文科省は、この発想を捨てます。そして、その代わりに考えられた英語学習法は、「親しみ、慣れる勉強法」なのです。つまり、ネイティブは、どうやって英語を習得したか、日ごろの生活で慣れ親しんで自然に身に付けているじゃないか、文法は意識していないはずだ、という考え方が原点にあります。

 

 その結果、今の中学校の英語授業では、一昔なら当然教えるべき文法内容を大きく省き、その空いた時間で、「ビンゴゲーム」や「歌」を聞かせているのです。因みに「歌」は大抵の場合、現場の教員に選択を任しています。聞き及んだ限りでは、「ビートルズ」やそのレベルの歌を聞かせているそうです。生徒は、歌詞を渡されますが、当然読めません。しかし、慣れ、親しんでいるという環境は、完成しているようです。

 

2、現在の公立中学英語の問題点

 確かにネイティブは、文法を意識せずに英語を習得します。しかし、ころは、日本人が日本語を習得する過程と同じことです。もっといえば、日本人であってもアメリカ、イギリスで、生まれ、生活すれば英語は身に付きます。

 

 要するに、このように最初の言語を習得するとき、文法は意識されていますが、それは「生成文法」というもので、第1言語の習得の後、第2言語を習得するときには使えない文法なのです。
 しかし、その無理を強引に「できる」と信じて教育方針を変化させて第2言語を「生成文法」で、中学生に習得させようとしているのが、今の中学英語の姿なのです。

 

 高校英語では、この中学英語の歪みが一気に噴出します。すなわち「生成文法」で、基本の英語の知識は身に付いたということになっていますから、その前提に基づいて授業が構成されています。つまり、いきなり長文を読まされるわけです。短文の構造も理解できていない状態で、その応用たる長文を読ませるわけです。

 

 当然のごとく、高校現場は大混乱です。結局、本来中学で教えていたはずの「中学英文法」を高校の授業をつぶして教えることになるわけです。一部の進学校を除けば、大抵の高校では、1学期は、中学英文法の授業をしています。ひどいところになると、高校3年間を使い、中学英語をやり直している処もあります。

 

3、現在の中学3年生の受験する大学入試

 現在の中学3年生が、仮に大学へ進学したいと考えたとき、現行の大学入試とは、大きく変わってくる状況に合わせる必要が生まれます。つまり、今から4年後にセンター試験は、廃止されます。変わって4技能(読む、聞く、書く、話す)を問う問題に変わることが決定しているからです。要するに「読める」だけでは、これからの国際社会に対応できる人材を育成できないからというのが、理由です。

 

 中学の授業は、文科省の「指導要領」に沿ったものでなければいけないので、現在の文法は教えず、ビンゴゲームで、時間をつぶすという状況は、今後も変わらないでしょう。しかし、そのつけは、現在高校進学と同時に一気に高校の授業に噴出しています。

 

 いきなり、短文理解を飛び越えて長文読解に入ることになるわけです。そこで大半の高校が採っている対策というのが、長文読解を遅らせて、「中学文法」をやり直すというものです。そうすると、当然のことですが本来高校の授業でやるべき内容が、後回しされることになります。

 

 しかも、大学入試は、2技能(読む・書く)から、4技能へと大きくシフトしようとしています。本来ならば、あらたに増えた2技能分の知識を身に付けるため、英語の時間を従来よりも増やす必要があるわけです。しかし、現実は、高校の授業は、中学英語のやり残したところを教えるために時間をつぶしています。

 

4、中高一貫の私立

 文法を従来のようにドリルを使って日本語を交えながら教えることは無いという点は、公立も私立も同様です。しかし、私立の場合は、英英辞典を指定教材にし、文法ドリルはありますが、質問文も説明文もすべて英語で記載されたドリルを使用しています。公立にあるビンゴゲームも英語の歌を聴くということも一切ないです。

 

 私が担当した都内の私立中の生徒の私に対する質問ですが「“capital letter”ってなんですか?」とか「自分で作った4コマの物語のナレーションを英語で書けって言われたのですけど、これでいいですか」というレベルの質問でした。その学校では「現在進行形」とはいわず、”present progressive form”という表現で説明しているそうです。

 

 中学3年ですでに自分が創作した文を100字程度の英語で表現できるほど訓練されています。海外との交流も盛んで1か月単位で海外の提携校との交換留学生制度を確立しています。授業は勿論すべて英語です。これほど教える内容において、公立と私立の差がこれほど生じた時代というものはなかったのではないでしょうか。

 

5、昔のように自学自習して公立と私立の差を埋めようとしても無理?

 昔から公立中と私立中の授業内容には差がありました。しかし、昔の英語で要求されている技術は「読む技術」だけでした。書くといってもせいぜい50字程度でした。初めて英作文らしきものが要求されるのは大学受験です。

 

 それも国立大学と一部の私大だけでした。さらにその読む技術は、長年研究し尽くされていましたから、その研究結果が反映されている市販の教材をやり込めばある程度は形になったわけです。文法書も長文読解の本も多数出版されていましたし、様々な体験本からどの本がいいかなどの情報も手に入れることができました。要するに、公立中と私立中の授業の差は、市販の教材を自分でやることで埋めることができました。

 

 しかし、その手法は現在使えません。なぜなら現在の公立中と私立中を隔てている差はいままで日本社会が避けてきた技術だからです。いわゆる従来の「読む」「書く」に加えて「聞く」「話す」という能力を要求してきたわけです。この後者の2つは長年の克服すべき課題でありながら先送りにしてきた問題です。

 

 したがって、「読む」技術のように研究が十分に進んで、その結果を市販の安価な価格で入手できるようなインフラはまだ整備されてないのです。

6、英語能力の未来像

 おそらく私立高校の動向、および4つの技能を強調している文科省の表現から高校終了のグランドデザインは「英検準1級」くらいであろうと思われます。しかし、本当に使える英語という観点からすれば、かなり低い設定であるといわざるを得ません。なぜなら、英検準1級では、英字新聞がまだ読めません。

 

さらには、ネイティブ向けのニュースを聞き取ることができません。つまり、現地で生きていく上での情報収集が心もとない状況にあるということです。しかし、英検1級という目標設定は考えにくいです。その理由は、現場の英語教員の英語力に由来します。

 

2015年の文部科学省の英語教員の英語力調査結果によれば、目標値である英検準1級に対し、高校教師は25%が、中学教員に至っては50%が到達していないそうです。生徒の目標設定を教える側の目標設定を超える形で設定するというのは、考えづらいところです。

 

 しかし、首都圏の私立中学では中学3年次で英検2級レベルに持ち上げ、高校3年には最低でも英検準1級レベルに持ち上げようとしていることが伝わってきます。一部の大学側も「世界大学ランキング」という世界中の大学を一つの評価規準でランキングしようとする動きに呼応して、外国語教育の改善に乗り出しているようです。

 

そうした大学と私立学校の動きを当局も無視するわけにはいかないでしょう。公立中を基準に考えれば高校3年で英検2級も難しい目標設定であろうと思われます。しかし、世界の動向に感化されやすい行政当局であれば、おそらく公立中から目標設定を構築することは無いでしょう。以上より高校3年生の英語力目標設定は早晩英検準1級になるのではと想像しています。

 

7、英検準1級に生徒を持ち上げるために必要な学習環境とは?

 生徒の英語力を英検準1級レベルにしたいとき教える側が英検2級では講師の力不足というのは誰でもわかるところです。問題は講師は準1級レベルの場合です。はたして準1級レベルで生徒を準1級レベルまで持ち上げることは可能なのでしょうか。

 

 思うに、不可能ではないと思います。しかし、自分と同じレベルにまで持ち上げることはできても、余白を残した形での準1級到達というのは無理でしょう。換言すれば、準1級に到達するのが精いっぱいで、その後の1級を目指す土台作りという側面は考慮されていないでしょう。

 

 ある目標が設定されているとしてその目標を中間目標と捉えるか、それとも最終目標と考えるかでは、その目標値に着くまでの過程も到達の仕方も変わってきます。ということは、最初から1級を見越して捉えず準1級レベルに到達しようとする勉強方法と準1級までいけばいいのだとする勉強方法は、自ずと違ってくるわけです。

 

 したがって、英検準1級レベルに生徒の英語力を向上させようとするとき、それ自体を通過点とする勉強方法の方が理想的なわけです。では、そうした授業を提供するためには講師はどの程度の英語力を有しておく必要があるのでしょうか。先ほどの設定では、準1級で十分でした。

 

しかし、その上のレベルを意識した勉強方法になると、その上のレベルを知らなければ教えようがありません。よって、英語講師の英語力は最低1級レベルが必要だということになります。

 

8、トライしかできないこと

 英語の教育問題が学校現場で表面化する以前からトライは、新しい英語教育の在り方を考えてきました。理由は簡単です。英語力に対する対応の速さは、学校現場より民間企業の方がはるかに速いわけです。「ユニクロ」の経営母体であるファーストリティリングをはじめ、楽天グループ、三井住友銀行、数え上げれば枚挙に暇がありません。

 

英語能力が日々の仕事に関係しているのです。日産自動車は、社長が社内では英語しか使いませんから英語ができないということは仕事にならないことを意味します。トライでは早くからそうした企業様とタイアップしてそうした会社の社員の方々の英語力向上プログラムを提供してきました。

 

そうした企業が英語力を判断するときの判断材料にしているものがTOEICのスコアです。周知のようにTOEICのスコアは、リーディングとリスニングが半々です。つまり、実際のビジネスの現場で必要とされるコミュニケーションツールとしても英語力向上のための教育プログラムの開発を求められてきたわけです。

 

トライではかなり前から率先して単に受験対策の家庭教師の募集に留まらずに、TOEIC高得点者、あるいは帰国子女を率先してリクルートしてきました。同業他社に先駆けてかなり前から取り組んできたテーマであったということです。そして、その読み通り、英語のリスニング能力・会話力を学校現場でも本格的に注目しだしてきたわけです。